大会

柴又100K 2022③参戦記

2022-05-25

 いよいよやってきた柴又100K。

 2018年に初参加。その時がウルトラマラソンとしても初参加。暑さにやられて、後半撃沈した因縁の大会。50㎞ドロップバックポイントでリタイアするかどうか本気で悩み、50分近くの大休憩。それでも何とかやりきろうと、エイドを出たが、そのあとはほぼ歩き通し。95kmの標識を見て、残り5㎞だけは意地で走ったが、制限時間近くの13:41:50でなだれ込むのが精一杯。やり切った感じは全くなかった。その時から、

いつか必ず戻ってきてリベンジすると思い続けていた。その日が今日というわけだ。

 3時半にかけたスマホのアラームで目を覚ます。カステラとバナナを食べて、そそくさと準備。我が家の最寄駅から電車で会場を目指すと、柴又公園への到着が6時ごろになる。陸連登録スタートの6時半まで30分はあるが、余裕をもって準備をしたいので、スマホアプリでタクシーを呼び、東京駅を目指す。4時ごろタクシーに乗り、4時半ごろ東京駅着。4時46分の山の手線に乗り、日暮里を経由して柴又へ。

 京成線には多数のランナーが乗り込んでいて、事情を知らない乗客が、「今日は何かあるの?」とランナーに話しかけている。100㎞を走ると聞かされて驚いているようだった。駅前ではランナーたちが、寅さん像を撮影している。「男はつらいよの寅さん。本当につらいよ」とつぶやくランナー。寅さんの旅と、これからの旅を重ねているようだった。気持ちは分かる。

5時台の電車がこんなことになっていたら、ランナー以外の人間は、さぞや驚くことだろう。
柴又駅前の寅さん像。ランナーに「俺もつらいんだよ」と言われて困惑していることだろう。

 スタート会場になっている柴又公園へは5時40分ごろ到着。朝方の雨は上がっていたが、柴又公園の芝はまだ湿っていた。晴れていれば芝の上で準備をしたいところではあったが、致し方なく更衣室用テントへ。もっとひしめき合っているかと思ったが、適度にスペースはあり、思っていたよりも快適に準備ができた。

雨は上がっていたが、芝生はまだ湿っていた。

 荷物を預けて、スタート10分前にスタートブロックへ。ウルトラマラソンのいいところは、スタートブロックが殺伐としていないところ。フルマラソンやハーフマラソンと異なり、1分1秒を争っている人間が多くはなく、どこかのんびりとした空気が流れている。これがフルマラソンだったりすると、やれ横入りだなんだと、いざこざがあったりもするが、落ち着いた気持ちでスタートを待つ。

 スタートを告げるMCが自己紹介を始めた。数あるウルトラマラソンの中で、柴又100Kを選んでくれてありがとうございますと感謝を述べている。「野辺山ではなく」と。同じ日に行われる星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソンを引き合いに出して、笑いを誘う。台本通りなのか、ランニングをわかっているMCなのか、いずれにしても全くの素人が言えるジョークではないだろう。心が和む。

 そしてスタートの時。カウントダウンが始まり、ランナーが走り出す。これもウルトラマラソン特有だろう。スタート直後に前が詰まったりしても何とも思わないし、無理に割って入って前に行こうとするランナーもいない。ここにも殺伐とした空気はなく、のんびり行こうよ、だって100㎞もあるんだぜ、そんなゆるやかな時が流れる。

 ランニング大会というものは、ある程度距離が進んだところで、大体同じくらいのレベルのランナーが集団になるもの。5㎞位進んだところだったろうか、隣を並走するシルバーグレーの髪のランナーに話しかけられる。「今日はサブ10狙いですか?」。そうですねと答える。聞けばそのランナーもサブ10狙いで、自己記録は10時間半とのこと。お互いの健闘を誓いあう。

 そこから15㎞までは、下世話な話、膀胱にだけ意識を持って行かれる。どこにトイレがあるのかそればかりを考えていた。5㎞でトイレに行き、10㎞でトイレに行き、15kmでトイレに行った。朝、雨は上がっていたが、曇り空で、北風も吹いており、冷えたからだろうか。レースに参加して、ここまで短時間の間に3回もトイレに寄ったことはなかった。発汗が少なかったことも影響しているだろう。ただ、15㎞を過ぎてからは、集中して走ることができた。

途中のエイドで手に入れたカスタードブッセ。もらっておきながら、こんなことを言うのは恐縮だが、
口の中の水分を持っていかれて、走りながら食べるのはいささか難儀した。

 50㎞までは淡々と進む。練習でも50㎞走を2回実施しており、60㎞まではイメージができていた。60㎞までは5:30/㎞のラップで行き、残りの40mを6:00/㎞でカバーすることが狙い。60㎞まではその狙い通りだった。

・50㎞までの平均ラップ 5:22/㎞
・60㎞までの平均ラップ 5:29/㎞

 問題はそこから先の40㎞。レース前からその先が試練になることは分かっていた。分かってはいたが、やはり弱い自分が現れ始める。「前半、突っ込みすぎた」、「思っていたより風が強い」、「携帯した補給食の量が不十分」などとささやき始める。午後になって、太陽が現れ、気温が上がってきたこともあり、ますます心は削られていく。

 70㎞過ぎ、その日初めてエイド以外で立ち止まる。気持ち的に、残り30㎞あることについに耐えられなくなった。「ここまでよくやった、もう十分だ」とまたもや、弱い自分がささやく。その自分に半ば同意しつつあった。

 時間として数十秒程度であっただろうか。いや、せっかく70kmまで積み上げてきたんだから、ラップを落としてでもやり切ろうと思い直す。何のためにここまで来て、70㎞まで走ってきたんだと。ただ、そこからも、もう無理だ、まだやれるの寄せては返す自問自答。80㎞を過ぎたあたりからは、残り距離が数字以上に遠く感じられるようになる。この状態で残り20㎞も行けるのかと弱気になる。

 とにかく、2.5㎞程度で現れるエイドまでたどり着くことを目標に、残り距離を考えないように進む。残り10㎞。サブ10までの残り時間は79分。いつもであれば、どうあってもそこまでかかるようなことはない。ただ、すでに90㎞を走ってきた体だ。急激な失速という悪いイメージばかりが沸いてくる。実際、91㎞の給水所で、倒れているランナーを見かけた。担架も運び込まれているようだった。体調を心配しつつも、そんな彼を横目に、前へ前へと進み続ける。 

 93.4km、95.4㎞、97.6㎞と残り全てのエイドで立ち止まり、水分を補給し、かぶり水をこれでもかと浴びた。残りはたったの2㎞にも関わらず、くつろいだ気持ちになることはない。とにかく必死で前を見る。

 やがてゴールがある柴又公園が遠くに見えてきた。前回は大撃沈して制限時間ぎりぎりのゴールだった。すでに日が暮れていて、会場はライトに照らされていた。でも今日はまだ日がある内に帰ってこられた。ゴールが近くになればなるほど、人が増えてくる。最後の力を振り絞る。河川敷のアスファルト道路から左にまがり、柴又公園に入る。ついにフィニッシュゲートだ。正面には多くのカメラマンが見える。MCが私の名前をコールしている。ゼッケンから名前が分かるのだろうか。粋な計らいだ。まるで一流アスリートのような気分でフィニッシュゲートをくぐった。久しぶりに長時間、自分自身と向き合えた。
 こうして、9時間46分10秒の河川敷ジャーニーは終わった。

・60㎞~100㎞までの平均ラップ 6:25/㎞
・柴又100K結果 9:46:10 平均ラップ 5:50/㎞

参加賞のTシャツと完走メダル。
  • この記事を書いた人

キタガワ

1976年生まれ。
東京マラソンにあこがれて走り始めた典型的ランナー。
ロード、トレイル問わず、ランニングをこよなく愛する。
好きが高じて、ランニングカルチャーを広めるべく、情報発信も開始。

【PB】
ハーフマラソン
2022年2月 ハイテクハーフ
1:22:14
フルマラソン
2022年3月 東京マラソン
2:58:31
ウルトラマラソン
2022年5月 柴又100K
9:46:10
100マイル
2019年9月 信越五岳
26:29:48

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